でも欲しいのはあなたを抱く腕


「消してこい」
 堺は視線をドアの横に投げて言った。それに世良は数瞬ボケっとした顔をしていたが、言うだけ言って堺が自分の服を脱ぎ始めたのを見てようやく何を言われたのか察したらしい。ウスと色気もクソもない返事をしてベッドから降り、堺が目線で示したスイッチに向った。
「けしますよ」
「おう」
 律儀に宣言してから、世良は部屋の明かりを消す。
 たったそれだけの言葉なのに声が妙にうわずっている。
 明かりが消えると部屋は真っ暗になった。
 慣れない部屋で真っ暗では戻るのに難儀するのだろう、ドアからベッドまで何歩でもないのにやけに遠いままの物音を聞きながら堺は残りの服を脱いでベッドに転がった。ついでに枕の下に手を入れてみる。探るように手を左右に振ると、指先にチクリとした感触と何かの曲線のカーブに当たった。確信があってのことではなかったが、予想はしていたものを見つけて、堺は思わずやっぱりなと声に出して言ってしまいそうになるのをグっとこらえて枕の下から手を引いた。
 手探りでサイドランプを灯すと、いつの間にかベッドサイドまで戻って来ていた世良の姿が浮かび上がってみえた。
 おそらく急に明かりがついたことで目が慣れないのだろう、目をしばたたかせる。
「何してんだ、お前」
 状況を考えるとあんまりな言葉を口にしながら堺は小さく笑った、世良のその様子がおかしかったからだ。
 世良は何故か顔を真っ赤にして、それからまるで堺に飛びつくように抱きついた。
「うわっ」
 飛びかかられた堺は、何だよいきなりお前わけわかんねえと口早に言いながら、ただその勢いがまんざらでもなく世良の頭をぐしゃりと撫でた。そのまま手を頭から額、耳の前を通って顎へと輪郭を辿るように降ろして、顎を軽く掴んで短めのキスをする。世良はキスの時こそ大人しく目を閉じたが、唇が離れるなり、目を見開いて、口とパクパクさせた。
 顔は分かりやすいくらいに真っ赤だ。
「ずるいッスよ」
 何がと聞くのは面倒だったので、そのままキスを続行することにする。世良はまたうーとかあーとか言っていたが、すぐにまたやる気が出たらしく、短いキスを重ねながら、またゆっくり堺を押し倒した。堺がキスの最中にわざと舌を引けば、世良の唇は堺の下唇を食み、緩んだ口元からするりと舌を押し込んでくる。入ってくるずうずうしい舌を歯で触れる程度に軽く挟んで、先端を軽く舐める。少しだけざらりとした触感がする。
「はッ」
 どちらも折れないまま主導権争いに没頭するうちにキスはどんどん激しくなる。相手が主導権を握ろうとすればするだけ、逆にそれを奪った時の昂りは大きい。すっかり煽られてしまったのを自覚して、堺は軽く眉間に皺を寄せた。
「堺さん」
 そろそろ潮時だろうとお互いにどちらともなく無言のまま終わりを告げて、唇を離す。自由になった口で世良はさっそく堺の名前を呼び、名前を呼び返す代わりに堺は世良の頭をくしゃりと軽く撫でた。世良の手が首から胸元へするする降りていく。そこからまた上がって、指が鎖骨のあたりをなぞる。堺はそれを世良の好きにさせながら、枕の下に手を突っ込む。中からさっき見つけた大きい方を引っ張りだす。
「!?」
 世良は堺の手にあるそれを見とがめるなり、ぴたりと動きをとめた。
 動きをとめてそれを凝視している。
「〜〜〜気づいてたんスか」
「気づかない訳があるか」
 正直、ゴムはともかくボトルまで仕込んでおいていたのには驚いたけれど、言うだけ野暮だろう。
「そのままじっとしてろよ」
 堺はローションの蓋をあける。ボトルはよりによって安物のAVのようにあからさまなピンク色をしていて何かと見間違えようもない。これを世良が半日ずっと持ち歩いていたのかと思うと可笑しかった。
 寝転がった姿勢のままなので注意深くボトルを傾けて手のひらに垂らしたあと、逆の手で軽く世良の尻に触れる。世良が小さく息を漏らす。そのままゆるく撫でたあと割れ目を広げるように指を添えると、ローションをつけた方の手をその谷間に滑らせた。
「うわ」
 世良が小さく声を上げた。
 それに構わずにするすると指をすべらせる。何度もその溝に指を上下させてから、つぷりと入り口に人差し指を押し込んだ。ローションのせいなのかそれとも単にまだ指1本だからなのか意外と抵抗なく入ったのでそのまま中で動かすと、世良がまた小さく声を上げる。
「わわ」
 声につられて顔を見る。堺の方をみるその顔は何とも情けない。世良は堺の上に四つん這いに覆いかぶさるような無理な姿勢をしているため、動くどころか腕さえ自由にならないで所在なさそうにしている。
 何度か出し入れを繰り返していると、無理めの姿勢のせいかそれとも単にローションの滑りが良すぎるせいか、指が引きすぎて何度か外れる。その度に軽くその周りを引っ掻くように入り口を探すと、世良がむず痒そうに身じろぎする。出し入れする指が抜けるくらいなのだから大丈夫だろうと様子を伺いながら二本目の指を押し込む。それでもさすがにキツいかと様子をうかがうと世良が視線をさまよわせた。
「お、俺、それ自分でやるんで!」
 情けない顔のまま、世良はそう言った。
 いいからと止める堺の言葉も待たずに、実際に腰を引くのでそのままするりと世良の後ろに回していた堺の腕がはずれる。いくらチビで痩身とはいえそれなりに厚ければ、そもそも仰向けに寝ている状態ではさしてリーチもないので、たったそれだけで簡単に腕から逃れてしまえる。
「…」
 堺はこのタイミングでどういう気の使い方だよと言おうとして、世良がらしくもなく困ったような顔をしているのを見て、言葉を飲み込んだ。困ったというか、居たたまれないような。らしくもない顔だ。世良が何でそんな顔をしているのかは分からなかったが、ただそうさせてるのは間違いなく自分だという自覚だけはあった。胸によぎるのは甘い後悔だ。
「世良」
 堺は離れた体を追いかけるように上体を起こして、軽く世良の肩に触れる。なるべくそっと触れたつもりが、咄嗟に突っ張ってくる腕が忌々しくて、結局、強引に抱き寄せた。それに世良は小さく息をのむ。
「世良」
 もう一度、名前を呼ぶ。
 名前を呼ぶ自分の声が思ったよりも甘ったるくて、堺は思わず舌打ちしそうになった。世良は何だかギャーとかウーとか小さくうめいた。それからがばりを顔をあげる。
「そういうの、本当は俺がしたかったんスけど!」
 世良は、珍しくしおらしいと思ったらいっそ小憎たらしいほどに世良らしく顔をぐしゃりとさせて大口空けて悔しがった。そりゃもう抱きかかえてる堺が密着してるのが嫌になるくらいに盛大にだ。
「ばか、お前、百年早ぇよ」
「いて」
 思わずつられて、丁度いい位置にある額に軽く頭突きをかます。
 世良は言いながら頭をおさえて、笑った。いつの間にか腕の中で力を抜いている。
「もーすっげえ好きッス」
 言いながら世良は堺の首に腕を巻き付けるように抱きついた。すっかり調子を取り戻したらしく、そのまま何やら堺の背中のあたりを撫でたり押したりしている。あまりにも現金なその態度に堺はちらりとさっきのは何だったんだと思ったが、丁度いい姿勢ではあったので、世良の調子に乗った手はそのままにして、世良の肩にぐるりと腕を回して体をぐっと下に向けて押さえつけた。押された世良は自然、堺のももの当たりに座ってしまう。堺はそのまま体を支えるように緩く膝を立てた。丁度、世良が堺の上に向かいあって抱きついたまま座り込んでいるような形になるように。
「今度よけいなことしたら蹴り落とすからな」
 堺はそう宣言して、よいしょと一度軽く世良を抱え直して姿勢を整える。今度は世良は否やもないらしく、というか何だか嬉しそうにウスと体育会系むきだしの返事をした。
 ただし、世良が返事通りにじっとしていたのはローションをまた撫で付けて後ろを指で広げ始めたところまでで、位置を探る心配がなくなるといたずらを待っていた子どもよろしく落ち着き無く抱きついたまま堺の耳をぱくりと銜えた。がじがじと軽く歯を立てたあと、調子に乗ったのか耳の軟骨のあたりを舌で転がす。歯の硬い感触と舌のねっとりした柔らかさが同時に襲って来るのに、うっかり感じてしまったりしながら堺はお前さっきのあの大人しい感じのどこやったんだよと思った。
「堺さん」
 耳の近くで名前を呼ばれて耳が息にかかってくすぐったい。声だけでなく世良の手はいつの間にか腹筋から付け根の際どいあたりを撫でている。それにぞわぞわとした疼きを覚える。
「わ」
 世良が自分の完全に勃ちあがったペニスを、堺のまだ固くなりかけのペニスにすり寄せる。
 それから手で両方とまとめて包むと、上下にこすった。
「待てって」
「無…理ス」
 直接刺激を加えられて世良の手の中で堺のペニスがどんどん固くなっていく。
 世良の耳から聞こえる息づかいが荒くなっていくのに。ぞくぞくする。
「世良」
 堺が制止のつもりで呼んだ名前に、返事の代わりなのか世良は荒い息のまま噛み付くようにキスをよこした。
 それから感触を確かめる間もなくすぐに唇と離したかと思うと、小さく声を上げて、自分の手の中でイッた。

 

3へ続く

 

再アップ。一度アップしたくせにすみません。
いい加減、終われよ!とは書いてる私も思ってるので言わないであげてください。ホント泣いちゃうから!