でも欲しいのはあなたを抱く腕


「お前、何してんだ」
 風呂から上がってきた堺が自分のベッドの上で見つけたのは、自身の認識はともかくとして世間的な基準でいうとお付き合いしていることになるであろう後輩の姿だった。
 世良は今夜、堺の家に泊まりに来ていて、というか晩飯を食べにくるだけのはずがちゃっかり寮に外出届けを出してきていたため泊まることになったので、世良がまだいること自体はおかしくはない。ただ、堺は入浴前に世良本人にも手伝わせてリビングのソファーベッドに客用布団をセットしておいたはずで、風呂からあがった後に自分のベッドの上で世良を見つけるのは、おかしい。
 しかも何だか知らないが自分が風呂から上がってるのを待ち構えてる感じで。
 上、着てねえし。
 瞼の裏にちらりと既視感のようなものが走るが、あえて無視して堺はドカリとベッドに座り込んだ。
「オラ、どけ」
 軽くドつくと、世良はイテとか言いながら身を少し浮かせた。
 大人しく場所を明け渡すかわりに、堺が世良の方に伸ばした腕を逆に辿るようにして抱きついてくる。固めとはいえスプリングの効いたベッドマットの上は不安定で膝をついて縋り付いてくるのを咄嗟に片腕を背中に回してかるく支えてやる。
「堺さん」
 名前を呼ぶのと一緒に世良は軽くキスを仕掛けてきた。
 何度か軽く唇同士が触れ、舌がするりと侵入してくる。やっぱり勘違いじゃなかったかと既視感の正体に思い当たりながら、堺はそれに軽く舌を絡めて適当に答える。体重をかけてくる訳ではなかったので、そのふわりとした抱き心地だけがするのが所在ない気持ちにさせる。
「堺さん」
 世良とキスをするのは、初めてじゃない。
 それでもただのキスと違って次に進むのを想定してるのは明らかで、しかしすぐに答える気にも拒否する気にもならなかった。
 もそもそと世良が動いて手が背中から尻のあたりを撫でる。
 それにぎくりとする。
「世良」
 名前を呼ばれても世良は触れる腕を休ませない。服の上から触れる感触は弱くどうということでもなかったが、触れている方としては気分が盛り上がったらしく、唇を離すなり、体を反転するように押し倒された。
 体ごと乗っかって来たくせに、しっかり首の裏側から手を回して無理なく自然に転がしてくるその様がいかにもこなれていて、このガキかなり遊んでやがんなと堺は状況の割には暢気な感想を覚える。
 短めのキスを重ねながら、世良の手がするすると伸びて堺の寝間着代わりのTシャツの上から胸のあたりを撫でる。抵抗がないのを確認して徐々に力を強めて揉みしだいた。興奮するのに合わせて手のリズムが慌ただしくなっていく。それから布ごしの感触で我慢できなくなったのか、Tシャツの裾から腕を突っ込んでくる。腹から上に素肌を指がするするとあがっていき、みぞおちのあたりでくるりと背中に回される。指が何かの感触を探すように小さく上下して気づいたように胸の方に戻ってくる動きにはっとして、堺はそこで始めて世良の肘のあたりを掴んで腕を止めさせる。つい流される間にどんどんのっぴきならない状態にはなっていたし、それで良いかと思っていたが、これはちょっとまずいと考え直したからだ。
「何する」
 他に丁度良い言葉が見つからずにとりあえず堺はそう言った。
 自分でもこの状況で適切な言葉だとは思えなかったが、まず止める方が先決なので、この際しょうがない。
「何って」
 質問されること自体が心外とばかりに世良が頭をあげる。
 自然、二人の目が合う。
 目を合わせてみて改めて思うが世良はやる気満々だった。堺としても同じ男としてはここまできて何だと思う気持ちは分からないでもないが、それに少し温度差を感じる。
「一応、聞いとくけどお前やったことあんのか?」
 とりあえず現状、一番大事な確認だけすることにする。
 我ながらこの後に及んでなんてこと聞くんだと思うし、正直、堺にしてもちょっと流されてもいいかと思う程度の気はあったが、スマ−トじゃなかろうが、これだけは確認しておかないと後々困ることになる。
「ありま…」
「女じゃなくて」
 世良の即答を途中で打ち消すように堺が言葉を足した。それに世良はまんまと、というかグっと言葉を詰まらせた。
「……アリマセン」
 予想通りの返事に堺はそうだよなと思わず小さく頷いてしまう。
 お前、あれ明らかに乳揉もうとしてたし、ついさっきなんて無意識にブラ外そうとしてたもんな。部屋入ったときなんてラブホのシャワーから出てくる女の子待ってるみたいな態度で待たれててちょっと引いたし、と心の中で堺はついさっきのことを思い出した。
「ダメですか?」
「ダメデス」
 世良がそれで多少のわがままは許されてきたんだろう甘えた顔をしてきたので、堺は速攻でオウム返しに却下する。
 堺にしてみるとしごく当然の返事だったが、世良にすると意外だったらしく、うーっと唸っている。むしろ特に経験もないのに、年齢からも体格からしてもお前が下に回るのが準当だろう相手である俺を抱けると踏んでたお前の判断と、それが駄目で悔しがれることに驚くわ。
「堺さ〜ん」
 堺の内心のツッコミまでは気づいていないだろうが、それなりに漂っていた雰囲気がいきなり冷めたのを察して、世良が情けない声をあげる。それに不覚にも少し心が動きそうになるのがくせ者だ。
 このままだとまた流そうとしてきそうなので、堺は腹筋に力を入れて上体を起こす。
 世良はそれにまたしょげた顔をしてみせる。
「同じようなもんじゃないかなとか思うん……ス……ケド」
 語尾がだんだん弱くなっていってるのがまた何とも情けない。
 それに全然同じじゃない。
 ちょっと別にいいかと流されてみたら、危うく、女の子みたいにちょっこっと緩めて突っ込まれてしまうところだった。百戦錬磨のおカマちゃんならそれでも自分でなんとかしてしまうのだろうが、あいにく堺にだって入れたことはあっても突っ込まれた経験はない。入れたことも入れられたこともないのに勢いでやってしまったら確実に大惨事だ。
「でも」
 世良は何か言い縋ろうとしたが言葉が見つからないといった風に堺を見た。
 それがしょげた犬のようで不覚にも少し、何というか、可愛かったので、堺は世良のうなだれた軽く頭を撫でて、それからうつむきがちの顔を下から覗き込むように顔を近づけて、その全然似合ってないあご髭のあたりを軽くただ触れるくらいの弱い甘噛みをした。そうすると驚いたように顔をあげるので今度は唇に触れる。拗ねたように縮こまったままの舌を無理矢理ひきだして、絡める。ぎこちないままの世良の舌を自らの口内に誘導して、入ってきた舌を吸うと、ぴくりと世良の体がはねた。
「なん…で?」
 唇と離すと世良が困惑した顔で自分の口を手の甲で押さえて呟いた。
 期待と困惑とビビってるのがないまぜの顔をしている。
 それを、もっとどうにかしてやりたくなった。
 堺は自分の中で沸いた感情に逆らわずにそのまま世良の後頭部と腰に手を回して、今度は体ごと身を寄せた。
「さぁ」
 言いながら、セットしていないせいでいつもよりも勢いのない髪に顔を寄せる。髪は湿って熱を失っていて指を絡ませるとそのひんやりした温度が心地いい。誘われるように髪に軽く唇と寄せる。そうして手で唇でペットか何かにするように触れる。抱え込んだ腕の中でみじろぎもせずに大人しくしている。
「俺、入れられる方は御免だからな」
「ずるいっス」
 頭を抱き込まれて、いきなりやる気になった堺の肩口に鼻先を突っ込む形になってしまった世良はその窮屈な姿勢のまま、小さく文句を言った。その声が本当に悔しそうで、堺は少し気分が良い。
「やめとくか?」
 腕の中で世良はまた、うーっとか唸っている。
 だからお前、どんだけ俺のこと抱ける気だったんだよ、百年早えよ。
「それは、もっとずるいスよ」
 腹を括ったらしい世良の言葉に、堺は抱えていた世良の頭を少し離して交渉決定とばかりに小さいキスを一つ落とした。触れるだけの軽いものだったが、世良はそれに真っ赤な顔をして、またずるいスよと呟いた。

 

2へ続く

 

「受け受けしくて男前堺さん×押せ押せ世良=夜這エロ」というたかなさんのカスタムメイドやおいですが、他に意外と需要があるみたいでどっきり。また加筆。最終稿にしたい。