Don't Wanna Have This Christmas Shit.


 黒田は初めて寮を出たときからずっと同じ部屋に住んでいる。
 練習場のほど近くにあるそこは独身者用の“かろうじて”マンションと呼べる程度の物件で、築年数の高い鉄筋コンクリート造。洋間ひとつに畳の間がついている。畳の部屋の方には、こたつが中央にでんと鎮座している。これが意外とくせ者で、もう少しいい部屋に、出来たら全室フローリングのマンションに引っ越そうとするたびに、ついつい頭にこたつのことがちらつくのだ。そして結局、冬場のこたつの誘惑に勝てずに引っ越しごと頓挫してしまう。それをもう何年も繰り返している。いっそ夏場にでも引っ越を計画すれば、こたつが猛威を振るうこともないのだろうが、長く住んだ部屋からの引っ越しともなればやはりまとまった休みのあるオフシーズンに、それも何かとかり出されることの多い夏の中断期ではなく長期オフにとなってしまい、黒田がJリーガーである限りそれは必ず真冬のことになる。肌寒くなりはじめた頃から賃貸雑誌なぞをこたつで読んでいると、どうしても洋間よりも今と同じ畳み敷きにこたつを載せたくなってしまい、そうすると引っ越しをする必要も感じなくなってしまうのだ。
 そういうわけで、黒田は退寮したばかりのルーキーの頃から変わらずに同じ部屋に住んでいる。
 何しろ黒田には憧れていたいかにもJリーガーな暮らしじゃないことを除いては、別に今の部屋に不満なんてない。
 あるのはむしろ彼の相棒の方だ。
 黒田の住むマンションは築年数が古いだけあって天井が低いので、入り口で杉江がよく頭をこすらせる。それでも案外、頭をぶつけるまでに至らないのは、本人談によると入り口を通るときには自然と頭を屈める癖がついてるからなんだそうだ。
「クロ、はじまるよ」
 今日も無事に頭を打つことなく一足先にこたつに入った杉江が声をかける。この日に2人で黒田の部屋でテレビをみるのも、そういえば一緒にいるようになってから、毎年のことだ。
「おー、今行く」
 黒田はシンク脇の水切りからグラスを2つ掴むと、こたつに滑り込み、杉江の斜め向かいに座った。こたつの上にはコンビニで買い込んで来た食料のほか、缶ビールが数個が転がり、まだ手をつけてない6個パックがでんと置いてある。黒田が座ったのをみて、先にはじめていた杉江が蓋を開けて缶ビールを手渡す。
「今、前説みたいの終わったところ」
「ん」
 黒田は受け取った缶ビールに口をつけ、テレビに目をやる。2人が観ているのは、この時期に相応しく、天皇杯の準々決勝だ。寒い外、暖かいこたつに、よく冷えたビール。それなのに、どこか味気ない。それも毎年のことだ。
「帰省できるのが悔しい、なんて高望みかも知れないけれど」
 ちょうど、黒田が頭で考えていたときに、杉江が言った。
「正月は休めないとか言いてぇよな」
 黒田はもうひとくちビールを呷って、それからそう付け加えた。クリスマスには準々決勝、その次は年末に準決勝、勝ち進めば、元旦決戦。天皇杯に勝ち進んでいるチームにはクリスマスも年末休みもない。他のチームが12月初旬には休みに入る中、シーズン中と変わらない生活が待っている。残念ながら、それは黒田には一度も縁がない。いつもリーグの最終節が終わって、納会があって、長期オフだ。
「せめてクリスマスとかね」
「目指すからには頂点だろ」
 ついさっきの黒田の発言を、2段階くらい手前に下げてきた杉江の言葉にすぐに噛み付く。クリスマスまでなら8位入選止まりで、入るやぐらによってはまだ国立にさえ行けてない。
「……」
「いいだろ、目標なんだから!」
「何も言ってないよ、クロ」
「目がいってた!」
 さらに噛み付く黒田に、杉江が柔らかく笑う。そんな甘ったるい顔をされる覚えもないし、それがあんまりな顔でこそばゆい。相棒の弱気に頭から湯気でも出そうに怒っていた黒田もその顔に毒気が抜かれてしまう。
「……なんだよ」
「だってそれ。」
「なんだよ。」
 甘ったるく空気に耐えられずに、黒田はこたつの中で杉江の足を蹴る。2人でもこたつが容量オーバー気味になってしまう杉江の長い足は、ただ座っているときにはよく邪魔になるが、蹴るのには便利だ。てきとうに足を出せばどこかしらには当たる。
「痛い」
 まだ笑いながら、杉江が言う。
 その態度が何だか余裕に満ちていて、黒田はまた2、3発蹴りを入れる。
「嘘つけ」
「痛いってば、クロ」
 笑いながら顔を近づけてくる。それに答えて目をつぶると、唇がふれる瞬間、杉江が小さな声でメリークリスマスと言った。その声がテレビから流れるスターティングメンバーの発表の音とぶつかって、黒田はキスに答えながら、それでもクリスマスなんてくそっくらえだと思った。

 

 

作中では、「天皇杯」っていう名前じゃなかった気がするんですが、正しい名前がわかりません。