づたづたに甘えて呪え


 誇らしいはずの自分の足。
 自分の足が呪わしかった。
 どこまでも駆けるはずだった。
 ボ−ルさえあればよかった。
 己がボールを愛する様に、むこうもその愛によく答えて、例えば気の合う犬がじゃれあうようにそれは足に絡み付き離れ答えてくれる。戯れるように踊るように。生き物のようにいつでも彼に答えてくれた。
 自分の足さえ自由になれば、それはまた答えてくれる。
 その確信は揺るがない。
 まるでボールは生き物のように、自分を大人しく待っている。遊び相手をじつと待つ犬のように従順に。お前がそんな鼻面をみせて大人しくしている相手なんて、あまりいないのに。気にいらない相手だと好き勝手どこかに行ってしまうお前だのに。
 あんまりお前に夢中で、お前以外は少しも目につかないのに。
「焦るな」
 と、言ったのは、誰だったか。
 医者もフィジカルコーチもトレーナーもサテライトのスタッフも言った気がする。
 とりあえずボールを蹴ることに携わるほとんどの人間は焦るなと。
 見当違いなことを。
 持田は焦ってなどいなかった。
 チームにも代表にすら持田を焦らせるような存在はいなかったし、焦って出たいと思うような試合もなかった。
 ボールを触りたい。試合の昂揚感が味わいたい。ただそれだけであるのは思考を伴った焦りではなく、シンプルな欲求だけだ。
 ほとんど全員、見当違いもいいところだと笑った。
 ああ違う。
 ひとりだけ。
「出たいのならきちんと間に合わせろ」
 と、言った人がいた。
 出たいのなら間に合わせろ。間に合わせるために今は動くな。
 そういうことを当たり前に言ってくる。
 本当は誰よりも、持田自身よりも、持田という選手の不在に対して焦るはずの人がだ。
 下手に動くな。
 お前なしでも動くチームだなんて言ってくる。
 俺の不在を。
「困れよ」
 いらいらする。
 ボールさえ蹴れればこんな感情はあっという間に消えていくのに、足が思ったように動かせないせいで。感情は消えていかない。そんなことを言ってくる人の方にばかり意識が引きずられていってしまう。
「俺がいないと困るって焦れよ。困って超こまって俺を出せよ」
 俺よりも。
 追い込まれろ。
 俺の不在に。
「持田」
 名前を呼ぶ声が全くいつものままの張りのあるバスで、頭にくるくらいにダンディーだ。
 欲しがれよ、俺を。
 俺がいないとどうにもならないって言え。
 ねえ。
 平泉さん。

 

2000ヒットリクで平モチで甘々。モッチーが監督大好きだったら甘々!と思って書いたんですが、甘い…のか? コレ? (アキラさんごめんなさい)甘い認定もらったよー。