Trick or Treat?


「トリックオアトレード!」
 世良は元気いっぱいに堺に向かって走ってきた。
 間にいた他の人間にも目もくれずというかそれどこか後輩を待ち構えている夏木をご丁寧に躱して、堺の方に走って来たので、そのあまりにもしっかりしたマークぶりに、思わず周りから笑いが起き、せらー試合中もそのくらい頑張れよとヤジが飛ぶ。
 避けるのも癪だったのでそのまま歩いていると、どしんと飛びつかれた。
「トリックオアトレード!」
「トリートだろ」
 抱きついてくる後輩に軽くげんこつをくれながら、堺はきちんと訂正をいれる。あまり英語が得意な方でもなかったがこの時期になるとうんざりするほど飾られる決まり文句なので覚えてしまった。
「痛いッス」
「うそつけ」
 世良は腹のあたりに抱きついたまま、仕切り直すことにしたのかトリックオアトリート!と元気に叫んでいる。腹に顔がついたままなので振動でくすぐったい。
「アホなこと言ってないで離れろ」
 後ろ襟を掴んで猫を掴むようにべりっと引きはがすと、世良は不満げな顔をした。
 不満げというかだだっ子みたいな。
「お菓子をくれないといたずらしていいんデスよ」
 あ、悪い顔だ。
 悪戯を思いついたときみたいな。
 こいつ人が何も持ってないと思ってはじめから狙ってやがった。
「これやるから大人しくどっか行け」
 ジャージのポケットを探って、堺は世良の手に小さな飴を握らせる。
 手の中には有里ちゃん考案ハロウィン仕様のパッカ飴がひとつ。オレンジ色の枠にパッカくんとまともなグッズのようだが、この色使いで子供に配った割に、パッカとハッカをかけてハッカ味だと言っていたからその独特のセンスは健在だ。
「なんでお菓子持ってるんスか!」
 世良はびっくりした顔をして、それから悔しそうな顔をした。毎度のことながらこいつもう少し進化したら顔で会話できるんじゃないかと思うくらい分かりやすい表情の変化。
 あまりにも悔しそうなので少し楽しくなってくる。
 ザマーミロ。
 先輩に悪戯しようなんて十年早い。
 てのひらの飴をうらめしそうに睨む世良の頭を軽く叩いて、堺は輪の中に戻っていった。

 

こっちはトリート(お菓子)だけどトリック(詐術)で、ハマキヨはトリック(いたずら)だけどトリート(楽しみ)なんです。