あいだの話


 清々しいまでの青空。
 ここはシネマコンプレックスの前にあるちょっとした公園だ。建物の前庭のように併設しているところながら、それなりの面積の芝生を解放しており、ちらりほらりとカップルや家族連れが座っているのが見える。おそらく映画をみる前の時間をつぶしているのだろう。
 杉江はその一角で人を待っていた。
 約束の時間は大分過ぎている。
 目当ての人影は見つからない。
 携帯をみても着信はない。
 試しにこちらから掛けてみたが、やはり出ない。
 どうしたものかときょろきょろとしていると、少し離れた生け垣のあたりから芝生に向かって伸びる足が2本みえた。見覚えのあるジーンズに靴、それから開き気味の足。顔こそ見えないが間違いないだろう。
 杉江は携帯をパタンと閉じて、生け垣の足を向ける。
「落とし物を拾ったら1割っていうけど、1割ってどこまでしていいんだろう?」
 黒田を文字通り見下ろしながら杉江は不穏なことをつぶやいた。
 眼下の黒田はそれに気づく気配すらない。
 それからちょっとあんまりな気もすると思いつつ、杉江は眠る黒田の足のあたりをつま先で軽くつつく。残念ながらこのまま寝かせておくと映画に間に合わない。
「うーん」
 黒田はうめき声をあげながら杉江の足から逃れるように横に転がる。
 眠ったままで、その程度では起きそうもない。
 実際にさっきも電話していて携帯電話の音なりバイブなりでも起きないのだから、その程度の刺激で起きるわけがない。
 簡単に起きそうもないのを見て取って、杉江は寝入ったままの黒田のすぐ横にしゃがみこんだ。寝顔はこちらまで眠くなるくらいに穏やかだ。
「クロ」
 肩をゆする。
 黒田が観たいといって選んだ映画は公開当初は一日中どこでもやっていたものだが、今はもう時期がずれているため上映回数が少なくなっており、次の回を逃すともう今日は観れない。またほとんど公開期間を終了しかけているので次の機会なんて見計らっていたらおそらく終わっているだろう。懐かしの巨大ロボが戦うさまは絶対に大画面で見たいといってたのは寝ている当人で、それなりに世代なのでそれなりに観てみたかっただけの杉江と熱意は比べるべくもない。寝かせておいて映画を見逃す方が可哀想だろう。
「クーロー」
 ぺちとほっぺたを軽く叩くと、それまで少しも起きなかった黒田が目をひらいた。
 目をあけたと同時にがばりと体を起こす。
 それから状況が把握できないのだろう、あたりをきょろきょろと見ている。
「やっと起きた」
「スギ? なんでここに? って、あー…じゃねえ」
 頭をボリボリかきながら黒田は怪訝そうな顔から自分で勝手に得心がいったような顔、バツの悪そうな様子へとくるくると表情を変える。
「悪ィ、寝てた」
「いいよ、間に合うし」
 服についた芝生を払うのを手伝いながら杉江は黒田を見た。
 乾いた芝生はそこかしこについてしまっているので、少し俯いて服の裾を見てまだ残りがないか確認している。
「面倒くせえ」
 いくらもしないうちに黒田はそう言って顔をあげる。あげた瞬間、杉江がちゅっとキスをした。
「何すんだよ、スギ!」
 黒田は目を見開いて、それからあたりをきょろきょろ見渡した。
 そんなことをしなくても後ろは生け垣に、正面には杉江がいてほとんどの人間の視界からきれいに隠れてしまっている。
「1割ならキスくらいまでかなって」
「はぁ?」
「落とし物の話」
「訳わかんねぇ」
「いいよ、分からなくて」
「おう?」
 まぁいいや遅刻したしと黒田は手をついて起ち上がった。
 それに答えながら杉江は、まだらに雲の散る青空の下の方が似合うのに映画館に入ってしまうのは少し勿体ないなと思った。  

 

トランスフォーマーを観にきました。