瓦礫の玉座に王はいないのに


「持田」
「なんで帰ったかなんて聞かないでよ」
 平泉の続きを打ち消す様に持田は言葉を返す
 どころか、あんたそんなこと知ってるんだからと言下で言って、それが伝わってないなんて考えもしない様子だ。座っている平泉を見下ろす姿は何の遠慮もなく、ともすれば傲慢に見える自信が滲みでている。
 自信といらだち。
 持田は平泉にとっては、わかりやすい相手だった。
 本人の実力と評判のせいかとかく誤解を受けやすいが、彼は常にまっすぐ自分というものを表現しているし、平泉の知る誰よりもサッカーに対して真摯だ。
「聞かれると思ったのか」
「うん」
「監督として、聞かないわけにいかない」
「知ってますけど」
 そういうところ面白くないよね、と何でもないことのように言って、不機嫌さを隠そうともしない。
 持田は馬鹿じゃない。自分にはそれが許されることを知っているから、許容されているところを踏み越えない範囲で、遠慮なく振る舞っているのだ。だから、これだけ自由に振る舞っているようで不思議と反感をかうことも少ない。自分の価値や影響を弁えているからだ。だからこそ途中退席したこともただの気まぐれではない。
「あんな試合みる価値がない、か?」
 平泉の言葉を持田は否定しなかった。
 持田がもつ一種独特の美学のようなものの中では、戦う決意のない人間がするサッカーはひどく醜い。戦い抜くだけの決意も、前を向き続けるだけの闘志も感じられないチームはひどく彼を失望させたのだろう。
 今のチームは持田不在によって完全に歯車を狂わせた状態で、萎縮しきってしまっている。持田中心の組み立てに慣れてしまったチームは長期的な司令塔の不在を支えきれない。
 前もって予定された形であれば、持田を含む代表組が不在もしくは温存され戦力が大幅に抜かれた試合だろうが、控え組を混ぜてもきちんと仕事をできるのだから、この不調は単純に戦力的な問題とはいえず、なるほど現在の状態は醜態といってもいいだろう。
 そもそも司令塔といえど、たった一人が抜けただけで戦えないほど、ヴィクトリーは層の薄いクラブではない。
 それが無惨なものだ。
 彼らからは相手にむける牙さえみえない。
 率いる平泉には、狂いきった歯車を何とか機能させようと足掻く選手たちの姿が見えているし、塊としての動きやそれを表現出来ているかは別として、彼らの真摯さを疑ってはいないが、それを外に出せているかといえば別だ。
 内側から崩れてしまったものを支えられるほどこのチームは敗れることには慣れていない。それを何とか立て直そうとする姿はなるほど持田にはさぞ、ふがいなく、醜く映るだろう。
 若く自信に溢れる彼には許せまい。
「ペナリティでも課すの?」
 出場停止のペナリティなんてものを持田に課す余裕はチームにはないのを見透かしての事だろう。
 どうせ怪我が治ればスタッフのお気に召す様に振る舞おうが、いつもの通りだろうが、クラブもサポーターも喉から手が出るほど持田が欲しいのだ。
 問題は持田を無くしたからといって崩れてしまったチームであり、持田が戻ってそれが収まったからといって根本的な解決にはならないが、これ以上、勝ち点を落とす訳にはいかない現状と、ここ最近の残状では彼の復活を望む声が高いのは当然のことと思えた。
 持田はフィールドの王だ。
 思う様に周りを動かし、フィールドを支配してしまう。
 王者といわれてリーグ1の層の厚さを誇るここにすら残念ながら、持田を脅かすような選手はいない。まして今季のチームは元より持田を中心に組んでいるので、中断期に少し修正を加えたところで持田なしには十全に機能しないのだから。
 怪我が治ったというのなら、望むと望まないに関わらず出さざるえない。
 問題は怪我が完全に治ったら、だ。
「いっそ課せたらいいんだがな」
 そうすれば少しだけでも時間が稼げる。
 持田の調子はまだ戻りきっていない。
 よしんば怪我そのものが治っても復帰までには慎重に経過をみる必要がある。しかしクラブのこの状況では周りはそれを待つことが出来ない。怪我明けにトップチームの練習と合流したのを見られれば、スポンサーもサポーターはもう待っていられないだろう。
 監督としてはともかく、指導者としての平泉にはもう少し時間が欲しい。
 持田自身にゆっくり怪我を治させてやりたかった。
 下手な状態で復帰すれば、癖になり今後も怪我が常に彼にまとわりつく。これだけの選手の選手生命を縮める選択を分かっているすることはそうそう出来ることではない。
 持田のかわりに起用した選手達にしても、持田の復活と温存が知れれば味方サポーターすら敵になるかもしれず、もはや彼らにこれをチャンスとして何かを掴ませてやることなど不可能だ。
 時間が欲しい。
 しかしそれはおそらく許されないだろう。
「出来もしないのに何で呼び出しくらわせたのは体裁を保つため?」
「手厳しいな」
「否定しないんだ」
 持田の声にある種の甘えが混じる。
 目線が絡まる。
 今あってはならないはずのセクシャルな目線に平泉は目を伏せた。
「次は真面目に見学してくれよ」
 ただよう空気に耐えられずに平泉はそう会話を締めくくって手で額を抑える。
 持田は返事を返すでもなく、ひとつ事務的に礼を返すと、無言で部屋を後にした。

 

東京V編終わらないことには矛盾発覚もしないぜと思い立って再掲載。13巻が出たらひっこめて修正。