まだここに居るなんてちょっとずるいんじゃない?


 寮の部屋がひとつ空いた。
 家具は備え付けなので、パっと見はがらんどうということはない。それでも、貼られていたポスターだとか時計だとか、洗濯物と雑誌の山だとか、色々なものがなくなった部屋は、まるで自分の知らない部屋のようだ。
 部屋についたプレートはまだ石浜のままだ。
 気持ちの切り替えが出来なくて、清川はベッドの脇に座り込んだ。
 あの時はベッドにも、もう山のように段ボールが積んであって、今の自分みたいに二人で床に直接座り込んだ。周りにも段ボールの棟がいくつも出来ていて、まるで秘密基地みたいだ、と言って、笑った。
 梱包もほとんど終わっていて、あとは分類しづらかった小さなものを入れていくだけだった。ぽすんとベッドに顔をふせて、思い出す。なんだってあんなことをしちゃったんだろう。あんな。
 アルバムを開いたのは偶然だった。本当はそんな絶対にしんみりするようなことをするつもりはなくて、もしも自分が意識したらあんなものは開かなかっただろうと思う。
 アルバムはきちんと整理してあった。
 パラパラとめくると、入団したばかりの頃の浮かれまくった写真や、まだ若いどうでもいいスナップ写真。山に海に、カーニバルでサンバのお姉さんにでれでれ鼻の下伸ばしてる写真なんかもある。
「なぁ、コレ」
 と、ハマにも声をかけたのはそれがあんまり可笑しかったから。
 手にしていたのは、最近のファン感で女装した時のものだ。チャイナ服を着て仁王立ちする赤崎に、やけくそ気味にポーズを決めるハマのナース服。二人とも笑えるほど似合ってない。
「似合うお前が変なんだよ」
 ハマが手を伸ばしてひょいとアルバムのページを繰る。新しいページには髪の毛を2つおだんご頭にして、チャイナ服をきたキヨが写っている。ストッキングまではいた念の入れように自分で笑ってしまった。
「ワックスまでしたんだからトーゼン」
 俺もお前に一緒にやらされたじゃんというハマの当たり前のツッコミから、あれ大変だったよなたれて床がワックスまみれになるわ、熱いわ、生えてきたときに痒いわと、どうでもいいような話がひろがる。
 そのまま荷造りはそっちのけで二人で思い出話に花を咲かせながら、きちんと並べられた写真をひろっていく。丁度、寮に入ったときから撮りはじめたものらしく見事なまでにキヨにも記憶のあるものばかりだ。時折入るよく分からない飲み会っぽい写真以外はほとんど自分にも記憶がある。
 初めてトップチームのユニフォームを与えられた時の浮かれた写真。
 選手名鑑用の集合写真の焼き増し。
 どれもこれも、ああこんなことがあったなと思い出せる。
 5年間の。
 でもまだある余白のページにはきっとこれから、自分が見ても分からない写真が貼られていくんだろう。
「なあ、」
 呼びかけながらアルバムから顔を上げられない。
 自分がどんな顔をしているのか分からなくて、ハマの方を見れない、とキヨは思った。
「キヨ!? おい?」
 驚いたハマの声。
 当たり前だ、突然抱きついたんだから。
 ああ俺のばか。
「俺たち5年間ずっと色々やってきたけど」
「…」
「さいごにさ、まだやったことないこと、しよう?」 
 ハマはそれを、拒まなかった。
 ばかだ、俺。
 あんなこと言って。
 あんなこと、して。
 二人で段ボールに囲まれて少ししかない床で窮屈に抱き合った。どうしていいのか分からなくて無我夢中だったけど、無我夢中のうちに始まって、無我夢中のうちに終わった。吐き出してからも離れる気になれなくて、ちょっと脱力したまま、狭い床に直接寝そべった。抱き合っていた時にはたしかにハマの顔を見上げていたはずなのに、今度はまだ荒い息が整わないハマの胸に頭を預けていて、落ちた膝にだけ固い床の感触がして、ハマのしめった肌が居心地が良くてなんだか泣けた。
 もういいや、セックスのなんとなく出る涙なことにして泣いたことにしてしまおうと思ったら、気が抜けた途端みっともないくらい嗚咽が出た。
 ハマは優しかった。
 からかったり重たいとか言ってごまかしてきて、ハマの無理矢理なごまかしかたに、俺も無理矢理、笑ったのだった。
 だから。
 だからここには笑顔の思い出しかない。
 そうじゃなくちゃ、次にハマにどんな顔をして会っていいか分からない。
 ベッドにもたれかかったまま見る部屋は、いつもの雑誌も誰かがあげたサボテンもないし、積み上げた段ボールもなくて、ただのがらんどうだ。目の前には窓しかない。
 スンと鼻をならして、キヨは一人で無理矢理笑ってみせる。
 あの時よりは、幾分、まともに笑えた気がした。

 

「macaro」様の絵チャ突撃時に流すはずでタイミングを逸したハマキヨ。事後ハマが下になってるのは優しさ。