話はないけど話したいんだ
寮の娯楽室の一角で、清川は楽しそうに話している。
だいたい誰かしらがテレビを観ていたりするので、暗黙のルールと遠慮で娯楽室で携帯で長電話をする人間がいるのは珍しく、またそれが人並みに気もつけばあまり波風を立てるタイプではない清川なのが珍しく、目に止まった。
「うん、うん」
電話をしている相手はよほど親しい相手なのだろう、ただの相づちでも声はひどく楽しそうで、それから時折懐かしそうな顔をする。恋人? 遠距離恋愛の? しかしそんな清川を今まで見たことはなかったし、それこそわざわざ娯楽室を陣取るのではなく部屋で話すだろう。
赤崎だけではなく、ちらりちらりと先ほどから談話室にいつものようにたまっている寮生は清川を見ていた。椿なんかはかなりあからさまで余程気になるのだろう清川をずっと見て、そのくせ彼が顔を上げるたびにさっと目線を外すのを繰り返している。
「まだ話してんスか、誰から?」
電話が終わったら誰なのか聞き出そうと周りはジリジリしているのだろう。
何となく漂う空気に押し出されるように、赤崎はまだ電話中の清川に声をかけた。
「あ、ハマから」
ぱっと顔をあげて清川はあっさり答えた。
それから丁度いいから、といって、赤崎に屈むように手招きをする。赤崎が口を開く前に、電話を変わる旨を通話口に言って、さっさと携帯電話を赤崎に手渡した。勢いよく差し出された携帯電話に遅れてストラップがしゃらりと揺れる。赤崎の困惑を知っているだろうに清川は無言で笑って押し返そうとした携帯を受け取るそぶりを見せない。こうなってくると体育界系の縦社会は絶対で赤崎は諦めたように、少なくともそういうポーズで、携帯電話に耳をつける。
「………」
後ろで、今、渡したからと清川が告げる。この距離なら確実に受話器ごしの石浜まで届いているだろう。
それでも咄嗟にふさわしい言葉を見つけられなくて赤崎は口を開けない。
「なんか言えよ」
石浜は電話を変わっても無言のままでいる赤崎にそう話しかけた。
「そっちはどうスか?」
「あー……、まぁ、そこそこ順調……かな」
「煮え切らないとこ相変わらずっスね」
「お前のそういうとこもな」
受話器越しの声が、少し笑う。背後から聞こえてくるいつもの寮生の賑やかな話声と、本当はこの中に入っているはずのその静かな声のコントラストに不覚にもこみあげてくるものがあって、赤崎はギュっと携帯電話を握り直した。
「………」
「………」
「………さっさと」
赤崎は息を吸い込むと、まずそれだけ言った。
それからもう一度、息を吸い込む。声が、感傷的になってしまうのが嫌だったからだ。
「さっさとコッチにも届くくらい結果、出してくださいね」
赤崎は怒ったように受話器に言うと相手の返事を待たずに隣にいる清川に電話を差し出す。
赤崎にとって頭にくることに、清川は頭にくるくらい後輩を見守る先輩面をして、見ていた。
「何、笑ってんスか」
いつものように格好付けな呆れたポーズをしようとして見事に失敗している。そんなこと自分で分かっているし、大体、格好がつかない。こんな。
清川がぐしゃりと赤崎の髪を撫でた。
何ていうんだ、こういうの。
言葉がでてこない。
「俺も!」
俺もハマさんと話したいス!と、世良が絶妙のタイミングで、空気を読まずに名乗りを上げる。その言葉に煽られたように他にも立候補者が複数出てきて、にわかに騒がしくなったおかげで赤崎は輪の中心から外れることが出来た。助かったと思った自分に困惑して、赤崎は口をへの字に曲げて、精一杯いつものポーズで談話室を後にした。
「macaro」様の絵チャに突撃して空気読まずに流したSS。ネタ元は同茶のみなさまの会話。初ジャイキリでこのジャンルでサイト作ったきっかけでした。